2007/11/28

nao

目覚ましが鳴る前に起きて時を止める
思い出せるのはもうなんとなくだけど
君の事一億分の君に会えた奇跡なんかも
いつの間にか忘れちゃうかな?

忘れた事さえもきっと忘れてしまうの

heavenly days
胸のポケットの部屋
君の消えたぬくもりを探すよもう二度と
君を想うことはなくても
まだ少し暖かいあの日々に鍵をかけて

歩きつかれて座り込んで
途方にくれて叶わない夢
『運命』とかふたりなら言えた改札口で
言えなかった言いたかった

「ありがとう」って言葉は多分
「さよなら」よりも悲しい言葉に思うの

heavenly days
うまく笑えてたかな?
最後のキスシーン震える君の手を
握れなかった

涙さえ落ちなかった
一人ぽっちになり今さら溢れ出すよ

heavenly days
胸のポケットの部屋
君の消えたぬくもりを探すよ

もう二度と君を想うことはなくても
手を伸ばしてみてもここには
もう居ないよ新しい光の下歩き出すよ



はぁ・・・切ない。
友達からなんでか届いたmp3を聴いていました。
「これチャーコ(私)っぽくない?懐かしいねぇ」
なんの事かと思って開いてみて、息が止まりそうになった。

恋空最近はやっていますね。
たぶん私は見に行けない。
行っちゃいけない気がする。
曲だけで思い出してきた。

高校1年生の夏に恋をして
高校2年生の夏に
永遠のお別れをした恋人がいます。

未だに、恋してます。
その後も恋をたくさんしたけれど
今もとても大切な人がいるけれど
彼を想う気持ちは永遠に心の中で生きてくと思います。
忘れたくないし、忘れられない。


それにしてもガッキー、かわいー。


12月から私は恐ろしく多忙激務で勤勉になります。
神様、どうか乗り越えられる様に見守ってください。

2007/11/20

happy

今日はあるレッスンのお話。

最近、中級者のみんなのレッスンで、音を録っています。
初見で演奏して、その後何度か何レッスンか練習して
曲の完成度が上がって行く様子が記録できます。
皆も最初は緊張して、録音ボタンを押すと逆に間違えてしまったり
していましたが、だんだん慣れるにつれてむしろ集中して
良い演奏が出来るようになってきました。

その音を後日、mp3にしてメールで送ったり
数曲たまってきたら一枚のCDに焼いてプレゼントしたりすると
とても喜んでくれます。
時にはレッスンがあった夜、自分の音源を聴いて落ち込んで
電話で泣いて相談してくる生徒さんもいました。
他にもご両親に聞いて貰い、とても喜んで楽器を応援してくれた!と
笑顔で教えてくれる生徒さんもいました。

録音をする、というのは私もとても勉強になります。
自分がまだ学生時代、今の倍以上の大きさのMDやDATの機械を
いつも小脇に抱えてエチュードや曲の練習、
ロングトーンも録音しては、自宅で聴き返しました。
自分の声って録音すると自分の声じゃ無い気がしませんか?
楽器も同じで、録音して改めて聴いてみると、
意外な部分が多くて、客観的に自分を見つめ直す事ができます。
今でも自宅で練習中に、録音して聴き直したりします。

私が録音して得に毎回、気づかされるのがビブラートと音色。
ビブラートのかけ方が気になって注意して練習できたり、
音色とダイナミックのバランスの悪さに気づかされたり。
お化粧の時やふとした時に鏡で自分の姿を見るのと同じです。

治さなきゃ。
笑顔でいなきゃ。
顔疲れてるなぁ。
目の下にクマがある!!
ニキビだ・・・

それと同じで、録音して客観的に聴いてみると
色々気が付けます。
もちろん、今日の髪型良く出来た!とか、お肌の調子よし!とか
良い所も気づけるし。

そして、生徒さん達の音源を自宅で聴くのがとっても楽しみ!
上手に演奏出来てたり、前回出来てなかった所が出来てたりすると
涙もろい私は感動して、ついポロっと流してしまいます。

近道は、無いと思うの。少しづつ、一歩つづ頑張らなきゃ。
色々便利な時代だけど、やっぱり音楽や芸術は
その人の生き様そのもので、聴いててどうしたって伝わるから。

頑張って来てくれた生徒さんの事、音聴くだけでも解るよ。
練習する時間が無くて、レッスンで集中して一生懸命吹くのと
練習する時間が沢山あったのにサボって、レッスンで集中して一生懸命吹くのも
全然違うのが、だんだん指導し始めて10年弱だけど、わかるようになりました。

やっぱり音楽は面白い。

2007/11/12

kohi

昨夜は古くからの友達がレコーディングを手伝ってくれて
その後ドラマー君とピアノ君と下北で夕飯を食べました。
不思議なお店でした。うまく言えないけれど不思議でした。
抽象的な不思議ではなくて、とんちんかんな不思議でした。
そのあとそのまま我が家で語り笑い合い終電間際で
も一人登場して、音楽聴きながら昔の懐かしい話や
これからの未来の話やここだけの話や色々語り明かしました。

なんだろ。

とても幸せな時間は「あ」というまに過ぎます。
本当に幸せな時間は「あ」という間に、過ぎます。
気がつけば朝の6時過ぎ。
週末とは言え、気分的にはまだ12時か1時位だったのに
もう明るかった。
とんちんかんな時間に睡眠を取ってしまう事になりましたが
久々にそんなのも楽しかったし幸せでした。

そして今宵は友達ご夫妻のお家へお呼ばれされました。
初めて伺うお家はステキで感動!いいなぁいいなぁいいなぁ
二人の絶妙なバランスも憧れてしまいます。
そして奥様が作ってくださったお料理が美味!
お店みたいで美味しくて食べましたたくさん。
あまり友達の家に行かないので久々の訪問。新鮮でした。
何故か我が家は、普段誰かしら逆に、来てくれます。
それは私が出ないからだと思うけれど・・・
なかなか友達の家に行く事もしなかったので
なんだか久々で幸せでした。
帰り道、気がついたらやっぱり思ってた時間より過ぎてて。

昨日の事も思い出して、もう12月になる事も思い出しました。
充実してると、時間はあっという間なのね。
なんだかんだ今年は「休息」の年でしたが、
でもあっという間でした。
初めてこんなに立ち止まって自分を見つめる事が出来たかも。
休息の間に得るものも、今になってみればとてもたくさん。
今までしたかったけれど出来なかった事に
色々チャレンジ出来た時でした。
趣味の語学も、最初はなんとなく時間をボケっと使いたくなくて
始めたけれど、今じゃ仏語で簡単な会話は理解できるようになりました。
まだまだだけど、まさかこんなに続くと思わなかった!
趣味のお裁縫も、なんだかんだ時間が無くてあまりしてなかったけれど
気がつけば、チクチクいろいろ作りました。衣装まで作った!
物作りの楽しさや、物の有難さを感じました。
映画も本も、たくさん観たしたくさん読みました。
上京してきてこんなに映画と本を見たり読んだりは初めて。
でもやっぱり好きみたい。
映画は映像音声そのまま目から心に入ってくる分、
感情移入して作品の真髄に到達したくてハマりました。
本は逆に映像や音声が無い分、文章からだけで想像を膨らませて
きっと私しか見れない私だけの映像と音が心に沢山残りました。
音楽も家にあるCD数えるに1000枚以上あるだろうに
なんだかんだ片っ端から聴いておこうと、懐かしいCDから
買って一度しかきかないままだったCDまで聴きました。
音楽って不思議。やっぱり不思議。
聴いてた頃の思い出や、その映像や、音や、香りまでもふっと思い出しました。
そしてどんな音楽も、どこかなんだか感動しました。
詩も書きました。
子供の頃、毎日新聞に載った詩がありました。
それを思い出して、詩を書いたりしてました。
読み返すと、その日その時の自分の状態がとても解り易い。
小説も書きました。
まだ出来てないけど、大学時代に書いてたノートが出てきて
途中で終わってたので、続きを暇な時にちょこちょこのばしていました。
家族との時間もたくさん取れました。
どこよりもなによりもやっぱり、安心出来る場所でした。

時間は、充実してるととても早く感じると、カレンダーを見て改めて思います。
来年は、もっと1年が早く感じたら嬉しいな。

今は2007年11月12日 朝の6時14分です。

2007/11/04

eyes

目は口よりも語るそうです。
今日は会う人の目を見てみようと想い、観察しました。
言葉は大きな武器にもなり盾にもなるのが社会。
言葉に誤魔化されず、知りたかった。
色々な目を見ました。
色々知らなかった自分を知りました。
色々なギャップに戸惑う一日でした。
目と言葉が全く違う事を言う人もいた。
言葉と目が全く違う事を言う人もいた。

だから言葉があるんだな。
だからジェスチャーがあるんだな。
誤解をうむとわかっていても、
使ってしまう理解ができました。

今日、ひとつ綺麗な目に会いました。
目を見てるだけで、言葉はいらず
安心出来てコミュニケーション出来てる様な。
それも私の誤解かもしれないけれど
透明で澄んでいて純粋で深い目で
見つけただけで、一日は幸せでした。

さっそく鏡を持って自分の目を見てみました。
こんな目をしてるんだと初めてしりました。
私の目をじっと見てると、冷たい。
がっかり。
今日から目のストレッチ。

また明日からは言葉にも耳を傾けよう。

2007/11/02

sound

今日は友達と夜中まで語りました。
色々語った中で、私の音楽についても話題になりました。
彼らは、私の演奏は「嘘」だと言いました。
何故なら、本当の私ではなく何かを偽って演奏していると言いました。
私には理解が出来なかった。
一つの音、一つの旋律に対して、たった一つを拾っても
とても悩むしとても苦しい中で自分の求める音を出しているつもりでした。
でも彼らにはそれは私自身ではなく、
ただのパフォーマンスの一つで、
本当の私を知っている彼らからしてみれば、
本当の私ではない、と言われました。

同時にお酒も飲んでいた私は、
少し、悲しかったです。
私にとってはそれでも私の伝えたい音を
精一杯悩んで苦しんでそれでも伝えたくて
演奏しているつもりでした。

でも伝わって無かった。

何が足りないんだろう。
どうして自分に自信が持てないんだろう。
どうすれば伝わるんだろう。
どうして認められないんだろう。

音楽は、夢は、時に私を苦しめます。


とても、恋愛に似ている気がします。

2007/11/01

Poincaré conjecture

久しぶりに日記を書きます。

最近色々脳内で考えざるおえない事が続き
思考中の自分のボキャブラリーの少なさと思考回路の単純さに
がっかりすると共に、活字に飢えていた自分に気が付き、
自宅にある本を読破し、それでも飢え続けている自分は
近所の本屋に走り、哲学書やラブストーリー、FBI関連の本や医学書
ただ気になる表題を見つけては読破したりしていました。
久しぶりに読書をして頭の中がすっきりしました。

さて。
私らしからぬ内容ですが、先日クレイ数学研究所(CMI)に依って
発っせられたmillennium prize problems(ミレニアム懸賞問題)の一つ、
「ポアンカレ予想」が解決したそうです。実際には2002年~2003年に
かけてロシアの数学者グレゴリー・ペレルマンによって証明されていましたが
解析するのにその後、時間がかかり今年の2月に彼の証明は当たっていると
やっと証明されたそうです。

ミレニアム懸賞問題とは、数学界において未可決難題問題集7つで
証明出来ればノーベル賞よりも素晴しいかもしれない数学界のフィールズ賞を
もらえるのは確かで、そして賞金も膨大についてくるそうです。
このポアンカレ予想は100年位解けなかった問題で、沢山の数学者が
この問題に挑んで人生をポアンカレに費やしてきた程の難問でした。

最近の数学界ではトポロジー的な発想が流行っていて、
皆、トポロジーを使って挑戦していたのに、彼は昔ながらの微分幾何学を用いて
証明してしまったそうです。その証明の講演の際、私なんかじゃ一生掛っても
持てないとてつもない頭のスマートな数学者達も、彼がその難題を解いてしまった事に
落胆し、しかもそれがトポロジーではなく微分幾何学を使って証明出来た(物理学も交えて)事に
落胆し、何よりも、その彼の講演中の説明が難しくて理解できずに落胆したそうです。

それほどの大きな偉業を成し遂げたペレルマンは、
そのフィールズ賞も辞退し(辞退するとかいう賞ではないので受賞者ではあるらしい)、
賞金も受け取らずに、ほかにも財団からの賞金1億円程も辞退し、そして今では
ほとんど外界との交流を持たずに母親の暮らすロシアのサンプトペテレブルグで
母の少ない年金で暮らしているそうです。彼は賞などに興味は無く、今はどんな生活を
しているのか海外のテレビ番組で彼を探して決して豊かではなさそうな生活を映し出し
馬鹿にしている物を見ました。もっと彼を尊敬すべきなのに。
彼は賞を辞退する際に、自分の証明が正解かどうかを知れればいい、っぽい事を
話したそうです。そういう言葉は本物の科学者や彼の様な数学者にだけ許された言葉で
感動、というよりももっと大きな衝撃を受けました。

そして最初は知人に世間話で教えてもらったこの問題と彼の今。
天才は孤独だなぁ、と軽率に考えた自分が恥ずかしく思いました。
そんな難題と立ち向かい、証明後に引きこもり誰とも会わずに人格までも変えてしまう程の
それほどまでの執念と孤独な戦いと・・・想像を超えて遥かに強くなければ出来ないでしょう。
今の自分の無知で無力であまりにも甘い生き方に、恥じて悔みました。
そして彼の存在を知り、自分の中に眠っていた好奇心や疑問が頭の中で叫び始めて
そして今、活字中毒になっています。笑

ところで肝心の、ポアンカレ予想の答えは・・・

宇宙の位相幾何学的構造を考える際に数学的根拠を与えたのです。
ポアンカレ予想とは「閉じた3次元多様体の中で単連結性を持つのは3次元球面と同相である」、
宇宙原理としてまだ証明されてはいないが「宇宙は等方で一様である」。
宇宙は閉じている(膨張していてもここでの「閉じる」とは時空から時間軸を除外した3次元空間の意)
・・・ので、私たちの居る宇宙は「閉じた3次元多様体」と考えることができます。

今回、このポアンカレ予想が証明されたので、この宇宙は3次元球面と同相であるだろう、と
いうことが示されたのです。
今現在、数学界では時空が12次元まであるという説もあるので、そうなると適応に十分な留意が
必要、とも書いてありました。

自分で打っててもさっぱりよくわかりませんが、とにかく宇宙は丸い、という事がわかったのです。
きっとペレルマンは、最後の答えを出した瞬間に、ほかの誰にも見えない「宇宙」を見てしまった
んでしょうね。その使命は、そして誰にもわからない計り知れない苦悩と孤独を生んでしまった
のではないかと思います。

宇宙。